■ 藤壺の宮の入内。■  年月が経つにつれて、ますます桐壺の更衣のことを思い出さない日はありません。「気持ちも慰められるかも・・・」と、帝は、それっぽい女たちを呼び寄せてはつき合ってみるけれど、「桐壺の更衣みたいな人は、なかなかいないんだなぁ・・・この世には」と、女も何もかも、うっとおしいとしか思えなくなってしまいました。  そんな時、すごく美人でいい女だと、評判が高い、前の帝の四の宮(四女)という女性がいました。その人の母君もすごくかわいがっている娘なのです。帝に仕えている典侍(ないしのすけ)は、前の帝の時から内裏に仕えているので、その母娘の家へもよく行ったりしていて、四の宮を小さい頃から知っています。最近でも見かけることがあって、 「亡くなった桐壺の更衣に似てる人なんて、三代の帝にお仕えしてもお目にかかれなかったけど、前帝のお后さまの娘の姫君は、成長するにつれて本当によく似てきてますよ。あれだけの女性はめったにいませんよ。」 と、帝に言いました。帝は、ちょっと気になって、丁重に入内を勧めてみました。  「まぁ、恐ろしい! 春宮のお母さんって人がすごい意地悪で、桐壺の更衣があんなに露骨にイジメられて亡くなったって例もあるのに・・・エンギでもない!」 四の宮の母君は、そう思って、入内をきっぱり決断しないでいるうちに、亡くなってしまいました。  四の宮は、心細そうにしていたので、帝は、 「ただ、私の娘になると思って来ればいいんだよ」 と、ふたたび優しく言ってあげました。四の宮にお仕えする女房たちや、後見人の人たち、お兄さんである兵部卿の宮などが、「こうして寂しく暮らしているよりは・・・」「内裏に住めば、気持ちも慰められるのでは・・・」と考えて、四の宮を入内させることにしました。「藤壺」という部屋(飛香舎)に住んでいたので、藤壺の宮と呼ばれます。本当に、姿も雰囲気も、不思議なくらい桐壺の更衣に似ているのです。この人は、身分的にも桐壺の更衣より高いので、周りの人のウケも良く、誰もイジメたり悪口を言ったりすることはなかったので、誰にも遠慮することなく堂々と振る舞うことができて、何の不満もないのです。桐壺の更衣の場合は、周りの人に許されない愛だったので、帝の想いも、かえって悪い結果を招くことになってしまったのでした。  気が紛れて心変わりした、ってわけではないけれど、帝の気持ちも自然と動かされて、今までになく気持ちが安らいでいくのも、当然とはいえ、ジーンとくる話です。源氏の君、藤壺の宮に幼いながら想いを寄せる。  源氏となった光君(以降、「源氏の君」)は、帝のそばを離れることはないので、もちろん、帝がしょっちゅうそばに呼んでいる藤壺の宮は、恥ずかしがって隠れているわけにもいきません。帝をとりまく女性たちはみんな、「私、ちょっと負けてるわ・・・」なんて思うわけなくて、まぁ、それぞれにイイのだけど、みんなちょっと年増であるのに対して、藤壺の宮はとても若くてキレイです。まだ若くて恥じらいもあるので、一生懸命源氏の君に見られまいと隠れているのだけど、自然と見かけることもあります。  お母さんのことは何も覚えていない源氏の君だけど、「藤壺の宮はあなたのお母さんによくにているのよ」と、典侍が言っていたので、子供心ながら、「あの人、ステキだなぁ。いつもそばに行って、仲良くしていたいなぁ」と、藤壺のことを想っているのです。  帝にとっても、二人ともこの上なく大切な人同士なので、  「源氏の君には、よそよそしくしないでくださいね。不思議と、あなたのことをお母さんのように思っているみたいなんです。失礼なヤツだなんて思わないで、かわいがってやってください。あの子の母親は、顔立ち・・・目のあたりなんか特に、あなたとすごく良く似ていたから、あなたと源氏の君が親子に見えても、そんなに不似合いってわけじゃないし・・・」 と、藤壺の宮に言いました。それ以来、源氏の君は、子供心にも、ちょっとした花や紅葉のキレイな時などにも、心のこもったお手紙をしたりして、藤壺の宮にかなり想いを寄せているようなのです。それを知った弘徽殿の女御は、藤壺の宮ともあまり仲が良くなかったので、もともと源氏の君のことを憎らしいって思っていた気持ちが、フツフツとよみがえってきて、「むかつくー!」と思うのでした。 ■ 「光る君」と「輝く日の宮」。■  「この世にまたとない!」と帝は言うし、藤壺の宮の美しさもとても評判が高いのですが、それにもまして、源氏の君の若々しい輝きを放つ美しさといったら、たとえようもなくて、世間の人たちは「光る君」と呼ぶのです。藤壺の宮は、源氏の君とならんで帝の愛も深いので、「輝く日の宮」と呼ばれました。 ■ 源氏の君、12歳で元服。■  源氏の君の童(わらべ)姿を変えてしまうのはいやだなぁ、と、帝は思ったけれど、12歳で元服をさせました。帝は、元服式を自らシキって、限度のある儀式ではあるけれど、いろいろ膨らめて、盛大に行いました。一年前の、春宮の元服式が、南殿であった時の、とても立派で盛大だったという評判にまけないように、式の後の宴会のことについては、  「内蔵寮や穀倉院は、公的行事だっていうと、手を抜くこともあるから・・・」 と、特別に指示があって、とにかく一流づくしで行ったのでした。  帝のいる御殿の、東の廂の間に、東向きに帝の椅子をおいて、元服する人の席と、元服した印の冠をかぶせる役の大臣の席をその前に置きました。午後四時頃になって、源氏の君が式場に入って来ました。「みづら」という子供用のヘアスタイルや、顔のかわいらしい感じを変えてしまうのは、本当に惜しい気がします。大蔵卿が、髪をセットする係をつとめます。源氏の君のきれいな髪を切っていくのは、胸が痛む思いなのです。帝は、「彼女がこの姿を見たら・・・」と、桐壺の更衣のことを思い出して、耐えられない悲しみがこみ上げてきたけれど、グッとこらえて我慢するのでした。  冠をかぶせる儀式が済んで、源氏の君は、休憩所へ行き、着替えをして、庭に下りて、儀式の一つである舞を踊りました。それを見て、みんな涙を流します。まして、帝は、とても涙をこらえることができません。桐壺の更衣のことは、最近では、気が紛れて忘れられることもあったのに、また思い出して悲しく思うのです。  「こんな風に幼いうちに元服すると、見劣りするもんだ」と、帝は思っていたけど、源氏の君は、不思議と、前より愛らしくかわいくなったようです。 ■ 帝と左大臣、源氏の君と葵の上の結婚を決める。■  元服式で、冠をかぶせる係をつとめた左大臣と、皇族である妻の間に、たった一人だけ、とても大切に育てた娘がいるのですが、春宮からプロポーズめいたことを言われても、父親として返事を渋っていました。実は、左大臣は、娘を源氏の君の嫁に、と考えているのでした。帝にも、内々に意見を聞いておいたので、「じゃあ、これといって後見人もいないようだし、添臥(そいぶし)として、元服式の夜を共に過ごす役をつとめさせよう」ということになりました。  侍所(さむらいどころ)へみんなが集まって、お酒とかを飲み始める頃、皇子たちが座っている席のいちばん端に、源氏の君も座りました。左大臣は、今晩のことをさりげなく言ってみたけれど、まだ恥じらいのある年頃なので、なんとも返事をすることもできません。  帝は内侍に命令して、左大臣を呼び出します。今日の働きに対する褒美の品が、命婦を通じて、左大臣に贈られます。白い大袿と着物を一式、・・・これはいつもと同じです。  お酒を酌み交わしながら、  『いときなき初元結に永き世をちぎる心は結びこめつや』 (あなたは、幼い源氏の君の元結(もとゆい)を結ぶ役をつとめたわけですが、その結びに、娘との仲が末永く続くように・・・という気持ちをちゃんと込めましたか?) と、帝は、歌を詠みました。帝は、いろいろ考えて、左大臣に注意をうながすように言ったのです。  『むすびつる心も深きもとゆひに濃き紫の色しあせずば』 (元結を結ぶときに、ギュっと気持ちも込めました。濃い紫色をした元結のヒモの色があせることのないように、・・・そして、源氏の君の心も変わりませんように・・・と。) 左大臣はそう言って、渡り廊下から庭へ下りて、舞を踊りました。帝はさらに、左馬寮(ひだりのうまづかさ)の馬と、蔵人所(くろうどどころ)の鷹を、その場に出させて、左大臣に贈りました。  渡り廊下から庭へ下りる階段のそばに、皇子や殿上人が並んで、それぞれに褒美の品を受け取りました。その日の折り詰め料理や、カゴ入り菓子は、こないだ、例の高麗の占い師の元へ源氏の君が行った時にお供をした、右大弁が用意しました。宴会の席には欠かせない「とんじき(固いご飯で作ったおにぎりのようなもの)」や、褒美の品を入れる「唐櫃(からびつ)」とかが、置ききれないほど部屋いっぱいで、春宮の元服式の時よりもスゴイのです。どちらかといえば、こっちの方が盛大かもしれません。 ■ 葵の上との結婚。■  その夜、源氏の君は、左大臣の家へ行きました。左大臣家では、結婚式のしきたりに従って、世にも珍しいくらい、大切に丁寧に、源氏の君を迎え入れます。源氏の君が、まだ子供っぽい顔をしているので、左大臣はとってもかわいいなぁ、と思って見ています。妻になる葵の上は、年がちょっといっちゃってるので、源氏がすごく若いから、「私と夫婦じゃ似合わないわ・・・。恥ずかしい」と、思っています。  左大臣は、帝からもとても信頼されていて、しかも、葵の上の母親である左大臣の奥さんは、帝と同じお母さんのお腹から生まれた人なのです。そんなわけで、どこをとっても、華やかな地位にある人なのだけど、そこへさらに、源氏の君がこうして娘婿になったもんだから、春宮のおじいさんとして、ついに政治の実権を握った右大臣の勢いなんて、もののみごとにつぶされてしまいました。  左大臣は、何人かの女性との間に、たくさんの子供がいます。葵の上のお母さんとの間に生まれた子で、蔵人の少将(後の頭の中将)といって、とても若くてかっこいい息子がいます。右大臣は、左大臣とは仲が悪いのだけど、このイイ男をしっかりチェックしてて、自分のかわいい娘である四の君を嫁にやったのです。そして、右大臣家では、左大臣家で源氏の君に対してそうであるように、蔵人の少将を大切におもてなししているのです。本来は、両家の仲が、いつもこのようであるといいんですけど・・・。  源氏の君は、帝がいつもそばに置いているので、気楽に葵の上のいる左大臣家で過ごすこともなかなかできません。それに実は、心の中では、ただ、藤壺の宮のことを「ああいう人は他にいないなぁ。妻にするならああいう人がいいなぁ。でも、ホント、なかなかいないよ、ああいう人は。葵の上は、キレイだし、大切に育てられてきた人だとは思うけど、あんまり気が合わないんだよなぁ」なんて、幼いゆえの一途な心のせいで、苦しいくらい、藤壺のことを想っているのです。 ■ 源氏の君、結婚後もなお藤壺の宮を想う・・・。■  源氏の君が元服してからは、帝は今までのようには御簾の中に入れてくれません。源氏の君は、管弦の遊びの時などに、琴や笛を一緒に演奏して、その音を重ねあわせたり、時々かすかに聞こえてくる藤壺の宮の声を聞いては、つらい気持ちが慰められる・・・そんなわけで、内裏に寝泊まりする方が、好きなのです。5、6日、内裏に泊まって、左大臣家には2、3日って感じで、とぎれとぎれに帰る、って感じなのだけど(普通は宿直でもなければ、新婚なんだから毎日!)、左大臣も「まぁ、今はまだコドモだから・・・。悪気はないんだろうな」と考えて、変わらずに大切におもてなししています。お仕えする女房たちにしても、葵の上にも、源氏の君にも、その辺にゴロゴロいるような人じゃなくて、ちゃんと選りすぐりの女房たちをつけています。源氏が気に入りそうなパーティーをやったりして、精一杯ごきげんをとるのでした。  内裏では、もとの桐壺を源氏の君の部屋として使っていて、昔、桐壺の更衣にお仕えしていた女房たちが、辞めないで、今は源氏の君にお仕えしています。桐壺の更衣の実家は、修理職(すりしき)と内匠寮(たくみづかさ)に、帝からの指示があって、またとないくらい立派に改築されました。もともと、植木や築山など、庭園の風景は素晴らしい所だったのだけど、池をもっと広くするための工事が始まって、現場の人たちがにぎやかに作業をしています。  「こんな所に、好きな人と一緒に住みたいなぁ。」 と、源氏はため息まじりに思うのでした。  そうそう、「光君」という名前は、ある高麗の人が、源氏の君を褒めたたえてつけた名前だ、って、人々は言い伝えてるみたいです。